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大学入試に何を求めるのか

入試の目的をきちんと把握しているのだろうか。

それが明確であれば、何ら難しいことはあるまい。

だが、今のセンター試験、前身の共通一次試験、いずれもそれを明確に把握していないからこそこんな議論や改革案が跋扈する。

大学入試は、大学による学生採用試験だ。

だから、私は大きく三つの側面を持つと考える。

一つは、基礎学力の測定。

一つは、採用する側の求める人材の選別。

一つは、受験生に対する宣伝活動。

最初のものは、改めて論ずるまでもあるまい。

共通一次試験やセンター試験は、元来これを測定するものだ。

だが、この二つの試験のような形を採る必要は果たしてあるのだろうか。

すなわち、類似した試験が別にあるからで、趣旨からすれば、そちらへの統合を検討すべきだろうからだ。

大検(大学入学資格検定試験)、今は廃止され、高認高等学校卒業程度認定試験)となっている試験だ。

各大学学部学科において、指定科目について一定以上の成績や点数を求めれば、センター試験後継試験には十分すぎるだろう。

フランスのバカロレアなどの様な形とし、学年や年齢に関係なく、科目ごとの受験を認める。

但し、科目の改訂が行われた時は、改訂から三年で失効とすれば影響軽微だろう。

二つ目のものは、一つ目のものとは無関係に、大学として求める人材を選抜する試験。

共通一次試験以前の入試やその後の二次試験がこれに当たる。

知識量を求めるのか?

情報分析力を求めるのか?

発想力を求めるのか?

自ずと出題の仕方も変わるだろう。

以前、難問として摘み喰いで非難された問題のセットの一つを見た事がある。

確かに難問。だが、易しくもある。

矛盾する様だが、矛盾はない。

その後の難問の正解、同じ問題冊子に別の問題文としてズバリ記載されていたからだ。

つまり、問題文を精読していれば、解答の過程や知識なしでも、その難問は解けてしまう。

問題作成者の意図は明確だろう。

三つ目は、限られた予算や範囲で、過去問は受験生に対する最大の宣伝材料だと言う事。

難しい問題を、いかに平易に出題し、いかに平易な解答を求めるか。

すなわち、大学教育の理念を体現するからだ。

元来入試は、大学毎、学部学科毎に異なって当然だ。

これを共通化する事に無理や歪みがある。

ならば、大学入試共通試験ではなく、大学入学資格としての高等学校卒業程度認定試験をもって変えれば十分だろう。

学歴としての高校卒業はそのままに、学力としての認定試験を大学入試受験の前提とすれば、センター試験の類は不要だろう。

各大学学部学科においては、独自色のある学生採用試験を実施すれば良かろう。

これならば、新年早々にやる必要もない。

年数回実施し、認定試験の一定以上の成績と、大学の採用試験の成績を踏まえ、新年の募集に応募する入学希望者を選ぶだけになるだろう。

つまり、年明け早々の試験と採点と言う作業は通年に分散される。

その分、負荷は軽減されよう。

センター試験後継案、英語は民間で 国数に記述式問題

(朝日新聞デジタル - 05月16日 10:48)

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