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初めての救急車&入院。

…これを書くのは実はすごく女として恥ずかしい。

でも今回この女としてという葛藤があと数回続く。

そしてwebで書く公開日記なんてのはどMの極みかもしれぬww

いやSよりだけどな…。

ただ似たような状況になって不安やプライドとか後先考える前に

どうぞ

痛みには正直になるべきだと思うよ?と書き残し、

なんの因果かココにたどり着いた人や特技は我慢ですなんて

言っちゃう自分の為にも書き残します。(前置き長くてごめんなさい)

MRIの予約はまだ5日いや一週間先であった。

看護師の義妹はヘルニアのオペ経験者なので

「ねーちゃんまずはMRIだわ。今医者に行っても何もできんよ?」

うん。うん知ってる。でもDr中4日で打ってくれてた

でも痛みは全く引く気配はない。

いや…痛みはひどくなる一方でトイレに立ち、座ることさえも

デスボイスが漏れちゃうよな…そんな痛みと戦ってた。

こんなだからキッチン立てない。ちょうどいいスツールもなく

三段脚立を置いて洗い物や簡単な食事を作ることしか

もう出来なくなってた。左側のお尻から足先まで

痺れと走るような激痛…あーこのまま死ぬならそれもいいか?

なんて思ったり…

人として大人として女として「ヨウタシ」が出来なくなった時に

思わず呻いたのは

もうダメだ…。

気がつくと泣いてて夫が飛んできてて

床に這いつくばり下着がめくれ上がって

「救急車呼んで」と泣く私が倒れ込んでたわけで。

お約束ではないが「救急車って何番?」「…ぐぐれかす」「あ、わかった」

(…本当にぐぐってたらしいww)

…意識朦朧とするなかで

私の年齢や状態、意識のあるなしや何か答えてる夫がいて

何故か脱衣所にいてバスタオルがかかってるなぁとは覚えてて

ピーポーピーポーがうちの前で音が消えドアが空いたら

担架にのせられ何ども

「大丈夫かな意識あるかな。今から病院行くからね」

と、優しく声をかけられて身体は担架お布団もかかってて

暖かく、ベルトで固定されてたけど…ホッとしてた。

救急車から降りてそのまま救急外来に運ばれ

ここから記憶が途切れる。

あとから夫に聞いたら書類書いたり色々とそれまでの事や

でも夫も聞かれたことに答えるしか出来なくて

俺何してたっけ?と、尋ねると首捻ってたw

その日は週末で救急外来に運ばれる人が多かった気がする。

脈なのか心拍数なのか測るものを指につけられ

時折「アレルギーってなにかある?」と女医さんみたいな人に聞かれ

ないです。なんて答えたりした。

痛み止めの座薬を下着めくられていれられた。

うん。なんか一瞬のことだった。

ただ…楽になるといいなぁと他人事のような感覚でされるがまま。

当直の先生らしき人とと夫が話してるのが聞こえる。

処置もしたし様子をみて「帰りますか?」と言われ

「とてもとてもこんな状態では僕はいいとは判断しませんが」

ええ…担当医は「帰れるよ」と判断して夫は「むりだろ」と

言ってるようでした。

あ、…私帰らなくちゃだめ?迷惑?

思わず起きようとしたら激痛で声が漏れた。

その様子で「差額ベッド代かかりますが…」

「かまいません。お願いします」と入院が決まった。

運ばれたのは整形外科病棟ではなく産婦人科病棟。

理由は簡単。整形外科の病室満床だったからココですよってことらしい。

個室が割り当てられ服を脱がされ下着も全て取り払われ

尿道にはバルーンの管が入った。

点滴棒がベッドに取り付けられて一日四回の痛み止めの点滴が始まる

どこで眠ったのかもう記憶がない。

でも気がつくとオムツと病院の貸し出したパジャマ(パンツなし)

鉛のような左足と膝までの弾性ストッキングを履いてた。

寝たきりだったり重篤な状態の時のエコノミー症候群を防ぐ靴下だ。

下手なサポートストッキングより強くて苦しい感じ。

その日から40日を超える入院がはじまりました。