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思わず

SNSに戻って日記書いたりしているんですが

高橋一生さん表紙のananをなんか注文してしまったんだけど(汗)

別にセクシーな写真が見たいとかはないし、

「こんなの求めてない」

というファンの声とかもわかる。

実際書店で見たときは恥ずかしすぎてスルーしたし。

私は、なんかあの人見てるとなつかしい感じがするというか、

昨今の、見た目こぎれいで声も高い男子、

みたいなものから、

「ああ、30代男性って普通こんなんだよね」

みたいな、まっとうな感じに立ち返れる感じが好きというか。

カルテット見てるけど、

なんかあのひねくれ具合がちょうどいいというか、

あの年代ならあのくらいやさぐれたりねじくれたりしているのが普通というか。

そのあたりも、「一点の曇りもない良い子」が求められ、

そういう人ばかり見させられてきた目にはなんかちょうどいい。

個性派俳優とかカメレオンとか言われるほどの強さもなければ、

屈託なく良い子というほどわざとらしく優等生でもない、

なんとなく何事かを諦めたかのような、

腹筋に力の入ってない感じ、

でいて腹に一物あるんじゃないかという、

どことなくひねくれた感じが、なんだか心地いい。

戦略的で、ガツガツ前に出る人ってもともとあんまり好きじゃないんだけど、

かといって女子力高い男子とかもあんまり。

ほどよく驚かなくてもよく、ほどよく振り回されそうな、

ふんわりしたバランスがなんかいいみたいな。

一応ananは見るけど、彼はセクシー要員ではないというか、

あの人のはそういう、斎藤工のようなセクシーではないんだよなー。

(個人的には斎藤工もそういうセクシーとは思わないけど)

無様な姿を平気で見せてくるような力の抜けた感じ、

そういう、弱さ見せられる雰囲気がセクシーなのかなと。

なのであの表紙の感じは結構的を射てる。

「できたらヒモか主夫になりたい」とかそういう甘え方じゃなくて、依存じゃなくて、

自分からかっこ悪い面も見せられて、スッと人の懐に入っていきそうな感じ。

実際好きになる人のタイプとはまた違うけど、

あの力の抜けた感じはやっぱ魅力だし、

今の社会に欠けているのはそういうものじゃないかなあ。。。